噛む際には当然、咀嚼筋が収縮することになりますが、収縮しているのは、実は顔部分の咀嚼筋だけではありません。
頭、首の後ろ側の筋も収縮します。噛むという行為はそれだけで、何十キロという重さが発生するらしいので、こうした強大なパワーが発生する頭部をしっかり支えるために、身体の後ろ部分からもしっかりと引っ張ることになります。これで、重たい頭部が安定し、身体全体も安定するのです。ということは、噛み合わせ部位(身体前部)の力と、後頸部の力が不均等になると体はぐらついてしまいます。
噛み合わせが歪んでいる場合は、しっかりと上下の歯が噛み合わないということなので、頭を支えようとする力が不十分になってしまいます。そのため後頸部の筋がその不足分をカバーするために余計に緊張しなくてはなりません。
少なくとも自分の場合は、後頸部の筋(背中と首や頭をつなぐ筋)の右側が常時緊張しやすい状態にあり、最近は、その緊張具合が自覚できるようになってホントによかったと感じているところです。なぜかというと、一昔前は、異常硬直したままばっちり固定化されていたため、直接的な不快感を感じることができなかったのです。
自分の考えとしては、こうした後頸部の筋は、人間の「背中の表情」と考えることができると思います。
例えば、ちょっとした我慢を必要とする場面があった場合、人は自然と食いしばろうとします。
しかし、何らかの事情できちんと噛み締めることができない場合、今度は後頸部により一層の緊張が生み出されていくでしょう。人の感情とは力です。感情に対するリアクション、表現の仕方は、人それぞれ、バラバラだと思いますが、何らかの力がその人の内部に発生するというのは避けられないと思います。ですから、感情が生まれるということは、身体のどこかの部位が緊張する宿命にあると考えています。
通常は、感情に応じて顔の表情筋が動きますが、そうでなければ、咀嚼筋を中心に噛みしめるという行為で、力を発散させるでしょう。もし、それさえできなければ?今度は、身体の後ろの部分が余計に緊張するのです。行き場を失った感情の力は、ついには後頸部に集中的に到達し、背後を固めることになります。だから、ジリジリとした緊張が続きすぎると、無意識に首や肩に力が入って、翌日ガチガチに凝りてしまったというケースが出てくるのです。
同じ、緊張といっても、絶叫マシーンに乗る場合はどうでしょう?この時、「びっくり、恐い」等、いかにも「緊張」に結びつきそうな気持ちになりますが、案外、肩が凝るという確率は低いでしょう。文字通り絶叫するわけですから、後頸部の筋だけがせっせと緊張する必要はないのです。
「プギャーーーーーーーーー!!!」
こういうリアクションだと、声、表情で完全に感情の力を発散できるので、もはや、後頸部の筋は主役の座を奪われてしまいます。だから、人によっては、絶叫マシーンに乗った後、ある意味スッキリするのです。恐かったけども、燻ったような緊張は体内に残っていないのでしょう。
では、敢えて絶叫を我慢して乗ったら?
試したことはないですが、このケースだとかなりの緊張が後頸部に生まれてくるのではないでしょうか。必死に恐怖を耐え忍び、さらには、翌日に首、肩にコリが出てしまうという散々な結果になるのです。
こうした、後頸部の役割から考えられることは、
「常に歯軋りや食いしばりをしている」あるいは、「常に感情を抑え付けるような気分で生活している」と、後頸部の筋が常時緊張したままの状態になってしまいます。
日本人の特徴として、「慎ましさ」が上げられます。時として、わが国の「慎ましさ」は諸外国の人々とのコミュニケーションの際に、誤解を生む原因の1つになります。それだけ、独特の慎ましさがあるのです。実はこの「慎ましさ」は肩こりの温床になりやすいのではないか。慎ましい言動、思考習慣は、特に慢性的なコリを生み出しやすいのではないか。そんな気がしています。
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