→この話の前振り
さて、あれから大江戸線で無事、広告を再チェックできたので、これから個人的な感想を書いていこうと思います。
しぐさについては、下記のリンクを参照してほしい。松下奈緒と藤木直人がばっちりデモしてくれてます。
http://www.fujitv.co.jp/control/trailer/index00.html
上段左側から順に、緊張、不満、警戒、依存。下段に移り、左から立腹、防衛、虚偽、疑心。
こうした心境を各々の動作が暗示しているらしい。
一番とっつきやすいのは、口元に指を持っていく動作、「依存」かなぁ。
これは、人が無意識のうちに、チュパチュパしようとしているのでしょう。チュパチュパとは、幼児期に母乳を飲む動作を意味しています。生涯において、他者に依存する比重がかなり大きいこの時期、幼児は食事さえ自力でこなすことができず、母親の母乳に頼ります。母乳に吸い付く有り様はまさに依存の象徴であり、その行為が形を変えて、指を口元へ、あるいは指を軽く加えるという仕草として表れるのではないでしょうか。
こんなことを書くと、口元に指を持っていくとか、実に甘ったれた仕草だなぁ。と感じるかもしれませんが、自分の指で済むんだから御の字でしょう。もしそうでなければ、決して少なくない人々に対して、たちまち逮捕状が出ることになるのだから。
それから、「腕を組む動作」を見てみましょう。象徴する心理は、「警戒」になってます。
これは、かなりシンプルな気がします。広く生命において「警戒する」っていったら、どんなことを意味するでしょうか。やはり外敵から、自分の身を守るってことでしょう。身を守るっていうのは、自分の命を守るということ。特に守るべきものは、己の心臓、肺、胃腸…この辺が破損したら、命を落とす危険性は非常に高まります。
で…腕を組むと、そういった部位を満遍なくガードできますね。
そんなわけで、警戒心が強まると→「身を守ろう」ってことで、人は、腕を組む仕草を選びがちになるのではないでしょうか。「腕を組む」とはすなわち、「主要な臓器の周りに腕を巻きつかせる」ということなのかもしれません。
ここまで書いておいて、腕組み=「警戒」のもう一つの解釈。
日本文化では、あまり一般的ではないですが、世界の多くの国で、挨拶における握手の習慣があります。
双方の手と手をつなぎ合わせることで、互いに近づく第一歩とします。さらには、手をつないで歩く、親子、恋人達…手と手の接触は互いの親密性の象徴ともいえそうです。
で、腕組みのシーンを思い浮かべてみると、おや、手が引っ込んでますね。「おまえと握手なんかするか、手なんかつなぐか。プイッ」
う~~ん、これは警戒してますねー。
または、「手相占い」があるように、手のひらは個人の知られざる内情や本質、その未来を密かに映し出しているの「かも」しれません。手相占いが当たるのかどうかは別にして、人は手のひらに対して、そういった意識を抱いているような気がしてきます。つまり、腕を組むことで、自分の手のひらは死守しているのです。なぜか?相手を警戒しているから、自らの本質的な情報(=掌)をホイホイ晒したくはないのでしょう。
…と色々思い付きを連ねてみました。
他に興味深いのは、首をさわる=「立腹」です。広告の記述によると、「首筋をさわることで、怒りを抑えようとしている」とのこと。
こりゃぁ、見方を変えると、怒ると首筋が固くなるってことかなぁ。おそらく激しく怒ると歯を食いしばろうとするだろうし、食いしばると連動して、首筋も緊張が走ることになでしょう。でも、あまり露骨に怒りを鎮めようとすると、それでかえってこちらの怒りが相手に伝わってしまうから、申し訳程度に、首の横やや後方よりに手が動くのではないだろうか。
これをヒントに、イライラが変に募って困るというケースでは、首筋を揉んでみてはどうだろうか?案外穏やかな気分になるかもしれない。なんちゃって(半分程本気)。
一番気になったのは、また今度!それは…目が右へ動く=「虚偽」
→続く
続:犯罪心理捜査の広告に惹かれて~無意識の仕草が炙り出す心理?~
1/21/2011
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